「川端康成 雪国 新潮社」

書き出しの文句が有名な作品。
親の遺産で生活する自称(男自身による皮肉であるが)
文学家の島村が雪国の温泉場で出会った駒子という名の芸者とその許婚者の妹葉子に魅かれてく様を描いている。
冒頭、雪国に辿り着いた列車の車内で島村が車窓に映る葉子の横顔に魅入られるシーンがある。
ガラスに映る葉子の顔に遠く民家の灯す火が重なり、島村の心はその美しさに強く揺さぶられる。
しかし島村の目はどこか遠巻きに、言い換えるならば無感動に、その感動を見つめているような印象を漂わせている。

主人公の島村の目から見た、駒子と葉子という2人の女性の純粋さや時折見せる奔放さが、
美しく緻密な日本語で描かれている。情景描写も巧みで、まるで映像が浮かぶよう。

3人の微妙に変化する心は十分に伝わってくるけれど、最後が尻切れとんぼ状態。
結局、島村と駒子がどうなって行くのか分からないので、もやもやした気持ちが解消されないまま残った。

この「のめり込み過ぎない」感じが物語り全体を包んでいる。
島村のある種達観したような目に映る人々はまるで徘徊する夢遊病者のように現実から遠いところに立っていて、
それがこの物語の世界をして「冥界」と言わしめているのだろう。
物語の最後に冒頭の「葉子の顔に灯がともる」イメージが再び形を変えて現れるのであるが、
そのシーンによって島村の「目」が持つ無言の力強さが急激に増幅され、読者の心を強く揺さぶる。

そんなこんなで、しっかり読書もしたので、小説を古本屋に下取りへ。 近場の長野の古本屋を探そうと、「古本買取 長野」でとりあえずいいところ見つけました。 さて何ぼになりますかな??

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2012年11月1冊目アップしました。